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100まで生きてみる!?

50歳になりました。あと半世紀生きてみようと思ってみたりして。 人生折り返し、されどまだ折り返したばかり そう思えば、まだこれから倍の楽しみがある! 目指せ100迄現役。

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今日は高校の合唱祭でした。

大抵の学校は文化祭シーズンに行っていますが、

卒業式も差し迫るこの時期、3年生不在で行う学校は稀です。

こんな事を云っては失礼だけど、

そのせいもあって、完成度、迫力共に、少し物足りません。


そして、こちらの学校、段取りや進行も悪いんですね ^^;

後で気付いたけど、昨年の資料にも流れの悪さはメモしてありました。

自分が打ち合わせを担当していれば、たぶん指摘していたので、

ちょっと悔やまれましたが、学校側はあまり気にしていない様子。

きっと行事と云う行事、この学校は流れが悪いと思う。

そう思うと、様子を見に行きたい衝動に駆られます(笑)

でも、誰か一人くらい指摘する人がいても良さそうなのに、

これも校風でしょうか? ご愁傷様です。

一事が万事と申しますが、


一を見て全てが見えるこの世界、他人の振り見て我が振り直せですな。





100歳まで  あと49年と321日
*この記事は2.17am6:50に書きました





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何の日だっけ? スーパーやデパートには

売れ残らないよう、大量のチョコレートが至る所にありましたが、

明日以降セール品で安く手に入るのでは?

自分に関係のない事って、関心が無いせいか、

盛り上がってるのかどうかもわかりません。

まぁ、ごじぃになって、バレンタインデーに一喜一憂もありませんが、

ご覧の皆さんはいかがでしたか?


さて、今日のごじぃさんは、防災訓練の日でした!

昨年は確か雨で屋外実習ができず、

隣の体育館の一室でAEDの実習をしました。

今年も、まず火災報知器の説明を受け、辛うじて雨は免れた為

外で消化器の実践と、起震車体験をしました。


体験したのと同じタイプの起震車


これ、一度体験したかったんだなぁ。

震度7の縦、横揺れを体感しましたが、テーブルも椅子も固定されている為、

リアリティに欠け、恐怖感は全く無かったものの、

さすがに、あれだけの揺れの中では、移動は無理だと思いました。

過去の記録的な地震のシミュレーションもできるとかで、

別のグループは、関東大震災の再現を体験していて、

外から見ていたけど、震度5〜6の揺れが、治まったと思うと

繰り返し起きて、数分間?揺れていました。

あれでは、揺れが治まってから避難しようにも、

まさに身動きが取れなかった事でしょう。

今年に入ってからも、震度4〜5クラスが、

あちらこちらでポツポツと起きていますね。

備えを万全に、有事の際は落ち着いて行動できるよう心構えを!


火災報知器の事でひとつ。 

昨年重要な催しの最中に、熱感知器が誤作動してしまい、

音響システムが途切れて、主催に迷惑がかかった事があったのですが、

(緊急放送が優先される為、音響設備の回路がカットされる仕組み)

職員が報知器の仕組みに慣れておらず、解除に手間取った事で、

復帰が随分遅れたのでした。

今日も、セキュリティ会社からの説明に耳は傾けていましたが、

緊急時、どこまであてになるのか?ちょっとした不安があります。

滅多にあってもらっては困るけど、

滅多に無いので身に付かないのも困りものですね。。。。



100歳まで  あと49年と322日







昨日、メロネストの専務で会館業務の責任者で

コンテンツディレクターのNさんが届けてくれたCDのサンプル盤。

AKBのサンプルがどうとかで、てっきり、今後のコンペの参考に

事務所から奨められたのかと思って開けてみると、

まだAKB立ち上げ当初?劇場用の楽曲として提供した曲が

CD化されたという事のようです。ほ〜〜

元旦発売だったようで、レコード会社から作編曲者には事後報告。

その旨の報告書も一緒に入っていました。

そういえば、一昨日?久々にメロネストのHP覗いて、

2013.1.1でAKB関連がバンバン載っていて、

え!?え、えっ、ええ〜!?

みんなAKBすんごい決まってんじゃん!! っと驚き。

が、これで納得!^^*

コンセプトは、劇場公演をスタジオレコーディングで再現

その数20タイトル同時リリースだったようです。


で、ごじぃはTeam A 2nd stageの「会いたかった」


Team B 2nd stageの「会いたかった」


のそれぞれ1曲目(overture除く)に収録されている

「嘆きのフィギュア」の作曲と 

6曲目「ガラスのI LOVE YOU」の編曲してます。

(TeamAはサンプルもらっていないので編曲家が違う可能性あり)

Team Aでごじぃに顔がわかるのは、板野友美ちゃんだけ^^;ですが、

大島麻衣、前田敦子、峰岸みなみちゃん辺りは名前解る(笑)

Team Bは誰も顔が浮かばない(そもそもAKBで他に知らないってば)

名前で解るのは柏木由紀、渡辺麻友、浦野一美ちゃんくらいかな・・・

詳細はAKBの公式サイト←クリック に載っています。


ここ数年コンペに参加せども決定打が出ず、

そろそろ作曲家家業は引退も考えたりしていましたが、

昔書いた曲がリバイバルしたり、こうやってCD化されたり、

ストックがキープされたりと、思わぬ所で日の目を見る事もあり、

作曲意欲も沸々と湧いているこの頃です。


しかし、自分で書いておきながら、すっかりメロディー忘れていたよ。

1枚3,000円が20タイトル。全部揃えたら6万円。

ファンはそれでも全タイトル揃えてしまうんだろうなぁ(=_=;

アイドル商売ってすごいいや怖い!


さて、プチ驚きの報告でしたが、そろそろ新曲決めないとな〜〜〜〜




100歳まで  あと49年と323日








終盤まで書きかけで、誤操作によって消えてしまった(+_+;

このミスってば、ほんっと萎えますな。。。

気を取り直して、GX-1について書く前に、

僕が最後に所有していたE-20の紹介です。



ソロ鍵盤やリボンコントローラーは無いものの

61鍵2段にフル(2オクターブ)スケールのペダル鍵盤

そして、上下鍵盤の間には、瞬時に音色プログラムの変更が出来る

プリセットボタンも配備し、当時1,200,000円という価格は

子供で一介の練習生の自分には身に余る楽器。

演奏会やコンクールの花形的な機種でした。

買ってくれた父には感謝の限りでした。


上京して2年は所有していたものの、

その後の引っ越し先には収納できず、仕方無く手放しました。

確か、引き取り料とプラマイ0だったような気が・・・

120万した楽器がタタだったのはさすがにショックだったなぁ。

どうせ手放すなら、ロータリースピーカーだけでも取り外しておくんだった

と、思った時期もありました。


さて、話をGXに戻します。

1975年に登場したその夢のような楽器は

当時本体価格7,000,000円、

スピーカーシステム込みでナント850万!!!

まぁ当時家を買うようなもんですな。

海外アーチストもそのまんま”ドリームマシーン”と呼んだ程で、

キースエマーソン、スティービーワンダーが来日時に買って帰った

という話題が有名になった程です。

特に、スティービーワンダーの代表的アルバム

「Songs in the Key of Life」では

ほとんどの曲に、GXの音色を聴く事ができます。



これぞGXという演奏がYouTubeには見当たらなかったのですが

僕も持っている太田恵子さんのアルバムから

Sunnyが見つかったので転載しておきます。




この夢のような楽器、触りたくとも、

田舎の楽器店には展示品すらありません。。。

一番の接近遭遇は、確かグレード試験受けに行った名古屋で

スタジオの窓越しに覗いただけで、ついに触る事無く、

高校生になった頃は、バンド活動と恋とに意識は分散?され、

GXへの憧れと、プレイヤーの夢はフェードアウトして行くのでした。


そしてその後は、上京し、バンドアンサンブルの魅力に惹かれ、

また、歌の魅力に惹かれ、エレクトーンのソロではなく

バンドの中のキーボーディストとして夢を追って行く事になります。


それからは、エレクトーンへの興味も薄れていたのですが、

10年程前、店頭デモでスターウォーズを聴いた時

その壮大な演奏に、エレクトーンの進化を感じ、

昨年、会館に来ているクライアント主催の発表会で

最新機種STAGEAの存在に、またまた驚きました。

一人演奏の枠を飛び越えた表現力に進化の粋を見た気がします。

自動伴奏も駆使したフルオーケストラ演奏が可能です。

こうなると、やはり大切なのは人間力。

原点に返って、発想表現力の勝負ってことですね。

長くなりました。最後にSTAGEAのデモ演奏でお別れです。





100歳まで  あと49年と324日



今日の催しは

仕込に1日本番2日の三日間、ヤマハ音楽教室発表会最終日でした。

幼児、ジュニアのみのアンサンブル演奏でしたが、

皆、大人顔負けの演奏をします。そして音色も豪華絢爛。

今のエレクトーンって、

完璧な1人アンサンブル用シンセサイザーですね!

僕が音楽に魅せられて行ったのは、

エレクトーンとの出逢いがあったから。

今回は2回に分けてエレクトーンとの出逢いを綴ってみます。


僕が鍵盤楽器を弾き始めたのは幼稚園の時

幼稚園の施設内でヤマハのオルガン教室が設けられていて、

そこが原点となっています。

当時の記憶はほとんどありませんが、グループレッスンで

「ヤ・マ・ハ〜ヤ・マ・ハ〜のおんがっくきょう〜しつ〜〜♪」

と元気よく歌っていた事は覚えています。


卒園した後、ピアノを習うかエレクトーンを習うかで、

母に連れられ教室見学をした結果、

ピアノは個人レッスンでクラッシックを、

エレクトーンはグループでポピュラーミュージックや色んな楽曲を、

その様子でエレクトーンに決めたと記憶しています。

YAMAHAの歴史によると、

小学生対象のエレクトーンスクールの開設が1970年との事なので、

まさにスタート当時の入門でした。


YAMAHAには今でもグレードという昇級システムがありますが

中学時代に演奏グレード5級を取得。

指導者になる為には最低限必要な資格でしたが、当時の夢は

プレイヤーになって、全国を演奏旅行することでした。

その夢を持たせてくれたのが、1970年に登場した機種EX-42

このエレクトーンは2段鍵盤の上にショートスケールのソロ鍵盤

ペダル鍵盤、更にリボンコントローラーが付いていて、

見た目も鮮やかな、ホワイトボディのシアターモデル!

当時の本体価格何と3,300,000円NHKの番組でも使われていたの

見た覚えありませんか?NHKには現存しているそうです。

そんなNHKのEX-42の修理に関するツイートがあった、

という記事を見つけました/

     NHKのEX-42←クリック

そしてリボンコントローラーの演奏がYouTubeにあったので

触りだけでも是非聴いてみて下さい。



これはしっかりした音感が必要で微妙なコントロールが難しい!^^;

この方、外国のアマチュアさんだと思うけど、画像は5年前のアップ

まだ使い続けている人がいるんですねぇ。弾いてみたい!

いつかこの楽器が弾ける身になりたいと思い習い続けていた1975年に

プレイヤーへの夢を決定づける機種GX-1が登場します。

その2へと続く・・・


番外

この楽器は買えずとも、バンドで使うコンボオルガンにも

リボンコントローラー搭載の機種があって、欲しくてたまらなかった。

リボンコントローラーは、YAMAHAの鍵盤楽器には脈々と受け継がれています。

色んなメーカーから単体でも楽器として販売されていますが、

おもちゃ的な楽器?として製造販売されたおたまトーン
これは子供からおじいちゃんおばあちゃんまで楽しめますよ。





100歳まで  あと49年と325日
*この記事は2.12pm07:50に書いたものです


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プロフィール
HN:
ごじぃさん
年齢:
63
性別:
男性
誕生日:
1963/01/02
職業:
自由業
自己紹介:
糖尿、痔&妻子持ちです。

甘い物に目が有りません。

高校卒業後、専門学校で1年音楽を学ぶ

同時にバンド活動開始

20歳からアーチストやタレントのバックバンドで
キーボードを弾く

23歳当時所属していたバンドでレコードデビュー

シングル1枚リリースのみで解散

その後編曲・作曲を独学で身に付け、
企業のイメージソングや社歌、BGM等を皮切りに
多数の作品を手がける

40歳前後、音楽人としてのピークを迎え
その後は下り坂人生を歩む

48歳で初めて音楽以外の定職に就く

ホール管理(小屋付き)という舞台の裏の更に裏のような影で
舞台を支える仕事の喜びを知るも
自分の本来の居場所では無い事にストレスとジレンマがピークに達す

51歳の今年、ホール管理は非常勤で従事しつつ
表舞台への再出発を始める

このブログは
「諦めない」 「やり続ける」 を信条に
100歳まで現役で精一杯活きる為の記録です
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