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100まで生きてみる!?

50歳になりました。あと半世紀生きてみようと思ってみたりして。 人生折り返し、されどまだ折り返したばかり そう思えば、まだこれから倍の楽しみがある! 目指せ100迄現役。

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1月もいよいよ残す所1週間を切ってしまいました。

昨日、病院の身長体重計(両方一度に計測できる優れもの)の結果を、

聞きそびれたのが悔やまれますが、今月の目標の「体重ー5kg」

身体を触った感じでは、いいところまで来ている気がします。

気だけかもしれないけどね・・・^^;

31日にはしっかり測って、2月1日に報告しますが、

立った姿勢で掴める贅肉の量は、明らかに減っています。


これは、炭水化物を減らした甲斐と、マイミクさんが教えてくれた、

俳優、美木良介さんが推奨する

   ロングブレスダイエット←クリック!

(この人いつの間にこんなことしてたん?^^;)

を実践してきた結果? も出ているように思います。

謳い文句は

「50日後にはビキニで自慢したくなる”くびれ”があなたのもとに」

です。

 ビキニで自慢したくは無いですけどね(笑)

実践を始めてまだ2週間ですが、呼吸法なので、

暇をみては実行しているので、その影響は大きい かも。

とは云え、現時点では「捕らぬ狸の皮算用」でしか無いので、

浮かれずに、最終日の計測結果が出るまで、気は抜けない。


結婚する迄は、しっかり割れていた腹筋。

来月下旬の同窓会までには取り戻したいと思っているので・・・




100歳まで  あと49年と341日
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糖尿持ちのごじぃさん。 最近おしっこの泡が消えません。

きなこドリンクの飲み過ぎも影響していそうだけど、

何せ、丸3年検査を受けていませんでした。(糖尿手帳確認)

かかりつけの病院は鶴ヶ島なので、なかなか足も気も向かず、

友人からの念押しもあり、100歳まで生きる為ならと、

今日午後、思い切って駅近くの病院へ行って来ました。


尿と血液検査をしてもらえばそれでいいつもりでいたら、

医者にもそりゃ都合がありますわな。

この3年間にどんな変化が起きているか?把握したいのだろうけど、

こりゃあいいカモが来たとでも云うかのように、

あれもこれも検査されました。


1.腹部のCT  CTなんて人間ドック以来2回目

2.心電図  同上

3.胸部レントゲン  これも久しぶり

4.脈拍  両手足に測定バンド付けたのは初めて

5.尿検査

6.採血   見てたら貧血起こしそうに・・・


おしっこは、最初と最後は容器に入れないよう

注意書きがしてあったのに、気付いたのは取り終わった後+_+;


しかし、病院って何であんなに陰気なんだろうね?

検査室には窓が取れないのは解るけど、照明が寒々しくて、

あんなとこに1日勤めてると病気になると思うな。

同じ頃、インフルエンザの疑いのある人が来ていて、

看護士さんが「少し離れて待ってて下さい」って・・・コワ。

検査に行ってインフルもらって帰ったら割に合いませんがな。。。


始まったら流れ作業のようにスルスルと回され、

でも会計終了まで約一時間かかりました。

で、検査費初診料含めても6千円くらいかなぁなんて思っていたけど、

な、なんと9、700円成 CTあったからなぁ^^;

まぁ、3年分と考えたら安いもんですが、1回の出費で考えると、

「そんな検査要りません」って云いたくなる額です。

あんまり細かく診られちゃうとねぇ、何かしら出ると思うんですよ、

何せ50ですから・・・


糖尿専門の先生は土曜じゃないといないらしく、

診てくれたのは内科医でしたが、本人も糖尿持ちだそうで、

HbA1cの値を見て「うらやましいなぁ」と漏らしてました。

僕のは軽度で、薬は確かに飲まなくてもいいレベルなんだって。

先生曰く、外国の薬は薬害も多く、むやみに飲まない方がいいのだと。

薬で糖尿や通風になる人もいるんだそうですよ。

先生も飲みたく無いけど、HbA1cの値を6以下に下げる為に、

仕方無く飲んでると云ってました。

飲むなら「****」と言ってたけど、覚えてないや。

ちょっとおしゃべりな先生で、

同類見つけて喜んでいるようでもあったなぁ。なんて(笑)


今日金曜日、たまたま休みだったけど、

次回検査結果も同じ先生からがいいと、

金曜の午後を奨められましたが、

その日は出勤で、催し有り。ただ、乗り込み業者有りなので、

何とか、他の二人に任せて行って来なくちゃ。



100歳まで  あと49年と342日




1月も残り1週間になりましたね。

職場の控え室には、催し内容を記す為の黒板とホワイトボード、

打ち合わせ日程を記す為のホワイトボードが、

各2ヶ月分ずつ、壁を飾っています。

1月が終わった時点で、その黒板には3月の催しを書き込むので、

いよいよ視覚的にも年度末が視野に入って来ます。

あと1期は確実に今の館を勤め上げるのですが、

その後、音響と照明の改修工事に突入する為

半年〜1年、休館となり、再開時は一般入札ではなく、

指定管理制度を導入するだろうと云われています。

そうなると、会社の方も手が出なくなり、

柏継続は厳しい状況に追い込まれます。

何れにせよ、1館だけではどうしようもなく、

他の館に対する次の入札は、再来年度に大きく影響するので

もの凄く重要です。


一昨年のまさに3月11日、今の会館の入札の日でした。

この4月、今の6人でもう1年回さなければいけないのか?

それとも、3人は他の館へと晴れ晴れと旅立つのか?

5月の催しを黒板に書き込む頃にはハッキリしているはずです。




100歳まで  あと49年と343日
ここ柏は放射能汚染のHOT SPOTと云われているのを

ご存知の方も多いと思うのですが、

街を見渡す限り、そんなのどこ吹く風・・・

住人にせよ、通勤者にせよ、気にしている素振りが無いに等しいです。

かく言うごじぃも、内心では気にしつつも、流されるまま。


19日に、市民団体が主催した、放射能と原発に関する

公演&対談が催され、仕事しながら内容をそれとなく聴いていました。

細かい所はよく解らなかったけれど、危惧している人は、

「住んではいけない所」と断言しています。

ごじぃも過ぎると、気にしても仕方ないようですが、

子供となるとそうは行かないようです。。。


我がスタッフの中で、特に柏在住のHさんは、

測定器を購入し、住まい周辺を測った所、部屋の中でも

基準値を大幅に越える線量が確認されたと、おののいていました。

アパートの前の雑木林の木の上は、更に4倍近い数値だったそうです。

それにビックリしたHさん!

不動産相手に状況の説明をしても、まともに取り合ってもらえず、

市役所の除染担当の課に談判しても、

やはり取り合ってもらえなかったと、嘆いてました。 

線量の基準値すら把握していない人が担当窓口にいる。。。

お役所の事なかれ主義は今に始まった事では無いけれど、

市も、

「除染しないと安全を脅かされるかもしれないからしなさい」

と、義務的に云われ、義務的に捉えているだけだから、

真実みもなければ、危機感もさっぱり無いのだと思います。


福島の2号機が何やら怪しいと云う情報も出回っているし、

近い将来、必ず起きると云われている幾つもの巨大地震、

そして、必ず噴火すると云われている富士山。

それまでに、原発の根本的な対策と補修が完了していなければ、

間違いなく東日本、いや、日本はお終いですね。

こんな事をまことしやかに書いてしまうと、

どこぞのカルトブログのようになってしまいますが、

我々おじぃおばぁはいいんです。

子供、孫、子孫が「日本人で良かった」と云える国が、

平和に存続していてくれる事を願うばかりです。

このままでは、100歳になった時、日本国民じゃないかも!




100歳まで  あと49年と344日






最後に切ったのは秋口だったか?もう忘れたけど

冬だし、頭頂部の事はさておき、

ちょっと伸ばしたい衝動に駆られるまま、伸ばしていた髪。

「おっさん臭い」という声「短い方がいい」という声に負けまして、

本日、定番の短髪へ戻しました。


ネットでね、頭頂部の薄さを目立たなくする髪型検索しても、

やはり、バランスで保つしか無いと書いてあったしね。。。

まだまだ寒い日は続けども、ネックウォ−マーと帽子で

何とか凌ぎます。


短髪の方が、確かに若く見えるのだけど、

側頭部の白髪が増えているのにビックリ!

ごじぃさんになって、更におじぃさんに近づきました。


*昨日書く余裕無かったので、後で補足します。^^;




100歳まで  あと49年と345日

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プロフィール
HN:
ごじぃさん
年齢:
63
性別:
男性
誕生日:
1963/01/02
職業:
自由業
自己紹介:
糖尿、痔&妻子持ちです。

甘い物に目が有りません。

高校卒業後、専門学校で1年音楽を学ぶ

同時にバンド活動開始

20歳からアーチストやタレントのバックバンドで
キーボードを弾く

23歳当時所属していたバンドでレコードデビュー

シングル1枚リリースのみで解散

その後編曲・作曲を独学で身に付け、
企業のイメージソングや社歌、BGM等を皮切りに
多数の作品を手がける

40歳前後、音楽人としてのピークを迎え
その後は下り坂人生を歩む

48歳で初めて音楽以外の定職に就く

ホール管理(小屋付き)という舞台の裏の更に裏のような影で
舞台を支える仕事の喜びを知るも
自分の本来の居場所では無い事にストレスとジレンマがピークに達す

51歳の今年、ホール管理は非常勤で従事しつつ
表舞台への再出発を始める

このブログは
「諦めない」 「やり続ける」 を信条に
100歳まで現役で精一杯活きる為の記録です
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